マーケット・ブログ
MARKETS
19 May 2022
なぜ日銀だけ違うのか?
土井 一人

日本円は、4月下旬に対ドルで20年ぶりの安値130円を突破した。なにより、実質実効レートは1970年代初頭以来の最低水準にある(図1)。

図1: 日本円実質実効為替レート
図1:日本円実質実効為替レート
出所:国際決済銀行(BIS) 2022年3月31日現在 図をクリックすると拡大されます。

日本銀行が4月の金融政策委員会で、低金利を維持するための長短金利コントロール(YCC)の枠組みへのコミットメントを強化した後、円安は加速した。一方、米国と欧州の中央銀行は、インフレ率の急速な上昇により、代わりに金融引き締めに向かっている。また、強化されたYCC (日銀が10年物国債を量的制限なく毎営業日0.25%で購入)は、海外の金利が上昇した場合、量的緩和(QE)につながる可能性が高いが、一方で、他の中央銀行は量的引き締め(QT)への取り組みを始めている。このように、金利と量の両面で日銀の政策スタンスは、他の多くの中央銀行と極めて対照的である(図2)。 なぜ日銀はこれほどまでに異なるのか?

図2: 日米金利差の拡大と連動して円安が進行
図2: 日米金利差の拡大と連動して円安が進行
出所:ブルームバーグ 2022年5月13日現在 図をクリックすると拡大されます。

第1に、循環的な観点からみると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックからの景気回復も比較的緩慢であることから、わが国のインフレ圧力は依然として弱めの動きとなっていることが挙げられる(図3)。実際、日本のGDPは、他のほとんどの先進国経済とは異なり、パンデミック前の水準にはまだ到達していない。しかし、日本においても広範な領域で価格上昇が始まっている。2022年にはインフレ率が 日銀の目標インフレ率 2%に到達することが予想されている。実際、日銀のコアインフレ率(生鮮食品を除く)の最新の予測は、以前の予測値1.1%より高く、2023年3月期の1.9%に達する見込みである。しかし、日銀は、現在の価格上昇は、堅調な消費者需要ではなく、主にエネルギーと原材料のコスト上昇によって引き起こされるため、持続する可能性は低いと判断している。日銀の緩和継続姿勢の背後には、こうしたインフレ動向がある。

図3: 日本コアCPI(前年比)
図3:日本コアCPI(前年比)
出所:総務省(実績値)、ブルームバーグ(予測値) 2022年3月31日現在。図をクリックすると拡大されます。

第2に、構造的な観点からは、慢性的な低インフレ傾向に加え、高齢化、柔軟性に欠ける労働市場、公的債務の増加といった構造的問題が挙げられる。日本にまつわる悲観論とは裏腹に、外国人、女性、高齢者など、より広範な労働者が労働市場に参加し始め、労働供給は予想以上に増加している。これは、潜在成長率の観点からは、明らかに前向きな動きと言える反面、労働供給の増加が低賃金の労働力に依存した結果、賃金上昇には結びついていない。労働供給の増加以外では、構造改革、特に社会保障制度や労働市場における改革のテンポは非常に遅い。遅々として進まない構造改革は、労働も含めた資源の有効配分、産業構造の変化、労働生産性の向上を妨げている。その結果として、労働生産性伸び率や労働移動性が低く、企業には賃金を引き上げるインセンティブに欠ける状況が続いている。同時に、それ以前からの慢性的な低インフレが数十年にわたって持続している。6月に詳細が発表される予定の岸田文雄首相の「新しい資本主義」は、より公平な所得の分配と人や成長への投資に焦点を当てる一方で、新自由主義的アプローチの欠点を強調しているように見える。つまり、岸田首相はアベノミクスの第 1、第2の矢(大胆な金融緩和と機動的な財政支出)を維持しつつも、第3の矢(構造改革)については、まだ明確な方向性を示していない。

第3に、現実には、日本の公的債務の規模を考えると、法的には政府から独立しているはずの金融政策は、もはや財政政策から独立して実施することは困難だと考えられる。日銀が奇跡的に作り上げることに成功したYCCの枠組みは、名目金利を名目GDP成長率よりも低く抑え、合理的に少ないコストで財政の持続可能性を確保するために極めて重要である。政府と日銀は、2013年に、デフレから脱却し、物価安定のもとでの持続的な経済成長を実現するため、政策協調を強化するとの「アコード」を締結している。この「アコード」は今なお生きている。

では、日銀の緩和姿勢に変化が生じさせる条件は何か。少なくとも、2%を超えるインフレが数ヶ月にわたって観察される必要がある。その可能性はどのくらいであろうか。現在の市場の予想では、インフレ率は今年2%を超え、来年は2%を下回る見込みである。海外に目を転じれば、海外のインフレ率の上昇は当初は一時的なものと考えられていたが、実際のインフレの動向ははるかに強く、かつ持続的なものであった。やはり日本は例外なのか。実際のところ、4月の東京の総合消費者物価指数は、3月の1.3%から前年同月比2.5%増と上昇した。さらに、YCCでは、名目金利に上限があり予想インフレ率の上昇が実質金利の低下につながるという点で、景気循環を加速する性質がある。つまり、日銀のバランスシートの拡大を伴った実質金利の低下は、成長を押し上げ、円安を加速し、予想物価上昇率を高める可能性がある。この景気循環の加速的なプロセスは、海外のインフレ率が強い場合にはさらに強まることになる。このように、2%を超えるインフレ率がしばらく続く可能性を否定できない。これは、2023 年4月の黒田総裁の任期満了前に、日銀が2%のインフレ目標を達成する最後の機会かもしれない。日銀は、インフレ目標が何らかの形で達成された場合、政策に何らかの変更を加える可能性がある。しかし、その場合であっても、前述の多くの理由から、日本経済は依然として低金利を必要とするため、日銀の政策変更は限界的なものにとどまる可能性が高い。

最後に、最近の円安は、積極的な利上げが米国市場で十分に織り込まれているため、日米の予想金利差を既に織り込んでいるように思われる(図2)。しかし、ロシアによる戦争によるエネルギー・食料価格の上昇により、経常収支が持続的な赤字に陥れば、構造的な脆弱性が円の押し下げ要因となる可能性がある。 現時点では、円が当面、一貫して反発する可能性は低いと予想している。

投資一任契約および金融商品に係る投資顧問料(消費税を含む):
投資一任の場合は運用財産の額に対して、年率1.10%(税抜き1.00%)を上限とする運用手数料を、運用戦略ごとに定めております。 また、別途運用成果に応じてお支払いいただく手数料(成功報酬)を設定する場合があります。その料率は、運用成果の評価方法や固定報酬率の設定方法により変動しますので、手数料の金額や計算方法をこの書面に記載することはできません。
投資信託の場合は投資信託ごとに信託報酬が定められておりますので、目論見書または投資信託約款でご確認ください。

有価証券の売買又はデリバティブ取引の売買手数料を運用財産の中からお支払い頂きます。投資信託に投資する場合は信託報酬、管理報酬等の手数料が必要となります。これらの手数料には多様な料率が設定されているためこの書面に記載することはできません。デリバティブ取引を利用する場合、運用財産から委託証拠金その他の保証金を預託する場合がありますが、デリバティブ取引の額がそれらの額を上回る可能性があります。その額や計算方法はこの書面に記載することはできません。投資一任契約に基づき運用財産の運用を行った結果、金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動により、損失が生ずるおそれがあります。損失の額が、運用財産から預託された委託証拠金その他の保証金の額を上回る恐れがあります。個別交渉により、一部のお客様とより低い料率で投資一任契約を締結する場合があります。

©Western Asset Management Company Ltd 2024. 本資料の著作権は、ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社およびその関連会社(以下「ウエスタン・アセット」という)に帰属するものであり、意図した受取人のみを対象として作成されたものです。本資料に記載の内容は、秘密情報及び専有情報としてお取り扱いください。ウエスタン・アセットの書面による事前の承諾なしに、全部又は一部を無断で複写、複製することや転載することを堅くお断りいたします。

過去の運用実績は将来の運用実績を示すものではありません。また、本資料は、将来の実績を予測または予想するものではありません。

本資料は、適格機関投資家、特定投資家、企業年金基金、公的年金等、豊富な投資経験と高度な専門知識とを備えたプロフェッショナルのお客様のみにご提供するものです。


本資料は情報の提供のみを目的としています。資料作成時点のウエスタン・アセットの見解を掲載したものであり、将来予告なしに変更する場合があります。また、リアルタイムの市場動向や運用に関する見解ではありません。

本資料で第三者のデータが使用されている場合、ウエスタン・アセットはそのデータが公表時点で正確であると信じていますが、それを保証するものではありません。ウエスタン・アセットの戦略・商品の受賞またはランキングが含まれている場合、これらは独立した第三者または業界出版物により公平な定量・定性情報に基づき決定されたものです。ウエスタン・アセットは、これらの第三者の標準的な業界サービスを利用したり、出版物を購読したりする場合がありますが、それらは、すべてのアセット・マネージャーが利用可能なものであり、ランキングや受賞に影響を与えるものではありません。

本資料に記載の戦略・商品には、元本の一部または全部の損失を含む大きなリスクが伴う場合があります。また、当該戦略や商品に投資することは大きな変動を伴なう可能性があり、投資家にはそのようなリスクを受け入れる経済力および意思を持つことが求められます。

特段の注記がない限り、本資料に記載の戦略のパフォーマンスはコンポジットのデータです。コンポジットではないその他のデータについては、当戦略の運用方針に最も近いと考えられる口座を、コンポジットの代表口座として掲載しています。つまり、代表口座は運用結果により選択されるものではありません。代表口座のポートフォリオ特性は、コンポジットやその他のコンポジット構成口座と異なる場合があります。これらの口座についての情報はご依頼に応じてご提供いたします。

本資料に記載している内容は、ウエスタン・アセットの投資家に対する投資助言ではありません。個別銘柄・発行体に関する一般的または具体的に言及する内容は、例としてご提示したものであり、購入または売却を推奨するものでもありません。また、ウエスタン・アセットの役職員及びお客様は、本資料に記載の有価証券を保有している可能性があります。 本資料は、会計、法務、税務、投資またはその他の助言の提供を意図したものではなく、またそれらに依存すべきではありません。お客様は、ウエスタン・アセットが提供する戦略・商品への投資を行うにあたり、経済的リスクやメリットなどについて助言が必要である場合は、ご自身の弁護士、会計士、投資家、税理士、その他のアドバイザーに相談して下さい。お客様は、居住国で適用される法令を遵守する責任を負います。

ウエスタン・アセットは世界有数の運用専門会社です。1971年の設立以来、債券運用に特化したアクティブ運用機関として最大規模の運用資産と運用チームを有しています。拠点は米国カリフォルニア州パサデナ、ニューヨーク、英国ロンドン、シンガポール、東京、豪メルボルン、ブラジル・サンパウロ、香港、スイス・チューリッヒにあり、フランクリン・リソーシズIncの完全子会社ですが、経営全般に独立性を保っており、次の6法人で構成されています。米国:ウエスタン・アセット・マネジメント・カンパニーLLC(米証券取引委員会(SEC)登録の投資顧問会社)。ブラジル・サンパウロ:ウエスタン・アセット・マネジメント・カンパニーDTVM Limitada(ブラジル証券取引委員会とブラジル中央銀行が認可・規制)。メルボルン:ウエスタン・アセット・マネジメント・カンパニーPty Ltd(事業者番号ABN 41 117 767 923、AFSライセンス303160)。シンガポール:ウエスタン・アセット・マネジメント・カンパニーPte. Ltd.(CMSライセンスCo. Reg. No. 200007692R、シンガポール通貨監督庁が監督)。日本:ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社(金融商品取引業者、金融庁が規制)。英国:ウエスタン・アセット・マネジメント・カンパニーLimited(英金融行動監視機構(FCA)が認可(FRN145930)、規制)。本資料は英国ではFCAが定義する「プロフェッショナルな顧客」のみを対象とした宣伝目的に使用されます。許可された欧州経済領域 (EEA)加盟国へ配信する場合もあります。最新の承認済みEEA加盟国のリストは、ウエスタン・アセット(電話:+44 (0)20 7422 3000)までお問い合わせください。

詳細は当社ウエブサイトwww.westernasset.co.jpをご参照ください。
ウエスタン・アセット・マネジメント株式会社について
業務の種類: 金融商品取引業者(投資運用業、投資助言・代理業、第二種金融商品取引業)
登録番号: 関東財務局長(金商)第427号
加入協会: 一般社団法人日本投資顧問業協会(会員番号 011-01319)
一般社団法人投資信託協会