Q3 2025

マクロ経済見通し:
構造的変化が投資環境に及ぼす影響

  • 米ドルや米国資産への投資配分の見直しは、今に始まったことではないが、4月2日の「解放の日」以降、米国以外の資産に再配分する動きが加速している。
  • 各国中央銀行は外貨準備の多様化を進めており、金や非米ドル通貨の保有量を徐々に増やしている。中でも、外貨準備に占めるユーロ、スイスフラン、および人民元の保有割合が高まっている。
  • 過去数年にわたって米国経済が相対的に堅調に推移したことで、投資家は長期的な資産配分戦略に対して米国資産をオーバーウエイトとしてきた。しかし、ユーロ圏の経済成長が改善する可能性があることや、中国が世界有数の経済大国として台頭していること、新興国市場における投資機会が拡大していることから、投資家は米国資産に大きく偏った投資配分を見直し、ポートフォリオを分散する機会を模索している。
  • 米国資産への投資配分を見直す動きが広がっている背景には、米国の貿易政策や防衛政策の影響により、米国資産の価値が低下する恐れがあることが挙げられる。とはいえ、米国の株式・債券市場は依然として世界最大かつ最も流動性の高い市場である。
  • コロナ禍によるサプライチェーンの混乱が解消され、エネルギー価格の短期的な変動も落ち着いたことから、世界的にインフレ率は大きく低下した。関税の引き上げにより一部で物価上昇圧力が高まっているものの、長期的なインフレ期待は引き続き安定している。各国の政策当局は、インフレ率が中央銀行の目標水準に向けて低下するとの見通しを示している。こうした中で、当社は短期国債利回りのボラティリティが徐々に低下していくと予想している。
概要

米国政府の政策により、世界の金融市場のボラティリティが高まっている。その背景には、米国のドナルド・トランプ大統領が国際貿易の枠組みを再構築し、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」の考え方を米国民に浸透させようとしていることがある。報道によると、こうした政策の影響で市場のボラティリティが高まっている中で、米国資産に対する需要が減少している。当社では、最近の市場動向を幅広い視点から把握する必要があると考えている。

  1. 米ドルは過去20年以上にわたり上昇基調を維持してきた。その間、米国経済は非常に底堅く推移し、世界の多くの国々を上回る経済成長を遂げてきた。
  2. 米ドルが上昇し、米国の株式市場が他の市場をアウトパフォームしてきたため、投資家のポートフォリオでは米国資産への偏重が進んだ。その結果、米国に偏った資産配分を見直す動きが徐々に広がっている。
  3. グローバル化が進展し、特に世界経済における中国の存在感が高まっている中で、米ドル離れの動きが強まっている。例えば、中国がアフリカや資源産業への投資を拡大していることで、人民元の存在感が高まっている。このように、人民元はその大きな恩恵を受けている通貨の1つとなっている。

一部の中央銀行は、外貨準備の一部を金に振り向けている。背景には、2022年のロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシアの外貨準備への制裁に対する懸念が高まったことがある。米国の貿易・財政政策の影響で短期的に不透明感が高まり、投資家の間で懸念が広がっていることは間違いないが、当社では、米ドルや米国資産を中心とした資産配分戦略が根本的に変化しているとは考えていない。米ドルは世界の準備通貨の中で最も大きな割合を占める基軸通貨であり、米国の金融市場は依然として世界最大かつ最も流動性の高い市場である。こうした状況は、今後数カ月で変化するようなものではないが、各国との貿易交渉で前向きな進展があれば、不透明感の解消につながるだろう。米国の貿易政策の駆け引きや政策変更を背景に、短期的なインフレ期待が急上昇している。一方、米国の長期的なインフレ見通しは安定しており、インフレ率は米連邦準備制度理事会(FRB)の目標水準に向けて低下するとの見方が広がっている。

出所:国際通貨基金(IMF)公表の公的外貨準備の通貨別構成(COFER)、 ブルームバーグ、ウエスタン・アセット 2024年12月31日現在 
* 人民元は2016年。 2016年以前は、人民元はその他に含まれる。

グローバル拠点の運用者による見通し

「世界的な債務の増加が各国・地域の長期的な経済成長、インフレ率、および中央銀行の政策に与える影響について、各拠点の運用者が解説する。」

マーク S. リンドブルーム
副CIO 兼 ブロード・マーケット部門統括責任者

ニコラス・マストロアニ CFA
ポートフォリオ・マネージャー

米国債市場は現在、多くの要因による影響を受けており、根強いインフレ、財政赤字の拡大、および世界的な貿易摩擦の激化などが市場動向を左右する要因となっている。同時に、海外投資家が米国資産の保有を減らすという「脱ドル化」の動きも広がりつつある。米国の長期金利が上昇し、イールドカーブがスティープ化しており、こうした傾向が何によって引き起こされているのか、そしていつまで続くのかが議論されている。

トランプ大統領が「解放の日」と位置付けた4月2日は重要な転換点となった。新たな関税措置が発動され、米10年国債利回りと米ドルの間にあった歴史的な相関関係が崩れ始めた。これを受け、海外投資家が米国債を売却し、他の通貨や代替資産(金・ビットコインなど)に資金を振り向けているとの憶測が広がった。海外投資家の保有状況に関するリアルタイム・データは限られているため、こうした憶測が正しいかどうかを確かめることは困難である。米国債利回りと米ドルの相関関係が崩れたもう一つの要因は、米国以外の株式市場が相対的に好調だったことであり、これを受けて米国資産から他の市場への資金シフトが進んだ。その結果、米ドルに下落圧力がかかり、米国債利回りとの連動性が崩れる一因となった可能性がある。


今年4月以降、主要先進国の30年国債利回りは上昇し、利回りのボラティリティも高まっている。こうした動きは「脱ドル化」が進んでいることの表れであるとする見方もあるが、データを見ると、米国債の為替ヘッジ後利回りの優位性はほぼ失われている。例えば、日本の投資家にとっては日本国債利回りに一定のメリットがある状況が続いている。しかしながら、日本国債利回りは米国債利回りに連動して上昇しているため、米国債から日本国債に大量の資金を移す動きはほとんど見られない。


米国債の保有主体が変化している:グローバル化の進展に伴い、海外投資家による米国債の保有が急増したものの、コロナ禍を受け米国債の供給が増加する中で、コロナ禍後には海外投資家の保有比率は低下した。米国債の新規発行の大部分は、米国の家計部門や金融機関が購入しているが、市場に流通している米国債の約33%は依然として海外投資家が保有しているため、海外投資家の動向を注視することが重要である。海外投資家は米国債を積極的に売却しているわけではなく、償還を迎えた米短期国債の償還金を他の資産に再投資していると考えられる。海外投資家は、イールドカーブの短期ゾーンの米国債を中心に保有し、米長期国債の大量売却を示すデータはほとんど確認できない。日本や英国といった米国債の主要保有国は、近年も米国債の保有を維持または拡大している。一方、中国の保有は減少していると報告されているが、その一部はユーロクリアを通じてベルギーに移管されているとの見方もあり、中国の保有残高は大きく変化していない可能性もある。

米5年国債の入札では海外投資家の参加が減少しているが、米30年国債の入札では安定している。米短期国債の入札での減少分は、米国内の投資家が補っている。海外投資家は米短期国債を中心に保有する傾向があることを踏まえると、米5年国債の入札での参加が減少していることは、米国債を積極的に売却しているのではなく、償還を迎えた米国債(特に米短期国債)の償還金を他の資産に再投資していることを示しており、これは当社の見方と一致している。米長期国債利回りの上昇は、長期国債を保有するリスクの対価として投資家が求める上乗せ利回り(タームプレミアム)が上昇したことによるものと考えられる。現在、コロナ禍後の最低水準から2.0%~2.5%上昇し、+0.75%に達しているとの推計もあるが、長期平均を下回って推移しており、先行き不透明感が続いていることを示しているものの、リスクが極端に高まっているわけではないと考えられる。米国が2022年にロシアの資産を差し押さえたことは、米国債需要の転換点となり得る出来事として、多くの市場関係者に認識されている。各国は、保有する米国債を米国が「武器」として利用する(制裁の対象とする)可能性があることを認識しているため、外貨準備の多様化を模索し続ける可能性がある。

関税による物価上昇圧力が懸念される中で、短期的なインフレ見通しが上方修正されている。ただし、関税によるインフレへの影響は一時的なものであり、持続的な物価上昇にはつながらないと考えられる。短期的な不透明感は依然として高いものの、長期的なインフレ期待は引き続き安定しているため、FRBは現在の引き締め的な政策スタンスから金融緩和に踏み切る余地は十分にあると見られる。投資家の長期的なインフレ期待は当社の見方を裏付けており、米国のインフレ率がFRBの目標水準に向けて低下するとの見通しを示している。

脱ドル化の動きや海外投資家による米国資産の売却などが報道されているが、米国債市場からの資金流出が加速し、市場が混乱に陥る可能性を示唆する兆候はほとんど見られない。米長期国債利回りの上昇は、根強いインフレ、財政の先行き不透明感、およびタームプレミアムの上昇といった米国内の要因による影響が大きく、海外投資家の資金フローが主な要因であるとは考えにくい。外貨準備の多様化が徐々に進んでいるが、米ドルは依然として世界最大の準備通貨である。ただし、先行き不透明感が続いていることを考慮すると、米長期国債の動向を引き続き注視していく必要がある。

出所:FRB、ブルームバーグ、ウエスタン・アセット 2024年12月31日現在 
四捨五入の関係で合計が100%と見えない場合があります。
出所:財務省国債資本(TIC)レポーティング・システム、ブルームバーグ、ウエスタン・アセット 2025年3月31日現在

リチャード A. ブース
ポートフォリオ・マネージャー

2025年初め、市場では米国に対する楽観的な見方が後退する一方で、それまで非常に悲観的だったユーロ圏に対する見方に改善の兆しが見られるなど、両地域に対する評価が転換点を迎えた。米国がウクライナへの軍事支援を縮小するとの懸念を受け、欧州が防衛費の大幅な増額を迫られるとの見方が広がった。こうした中で、ドイツの次期首相に就任予定のメルツ氏は、ドイツの厳格な借り入れ制限(債務ブレーキ)を緩和し、防衛費をさらに増額するとともに、5,000億ユーロ規模のインフラ基金を創設することを提案した。これは、財政規律を重視するドイツにとって異例の対応と言える。この発表を受けてユーロは急騰し、ドイツ国債利回りは3%近くまで跳ね上がり、ユーロ圏のリスク資産は他の地域をアウトパフォームした。ドイツの過去2年間の平均財政赤字が対GDP比2.6%、債務残高が対GDP比62.5%であることを踏まえると、今回の歳出拡大は財政的に大きな負担であるものの、許容可能な範囲であると考えられる。

4月2日の「解放の日」に大規模な相互関税が発表されたことを受け、米国が景気後退に陥る可能性が大幅に高まり、かすかに残っていた経済成長への期待も消え去った。ボラティリティが高まり、リスク資産がアンダーパフォームしたにもかかわらず、安全資産とされる米ドルは上昇しなかった。関税の導入は欧州の経済成長を妨げる要因である一方、インフラ投資の経済効果が表れるまでに時間がかかることから、当面は関税の悪影響の方がはるかに大きいと言える。エネルギー価格の下落、消費財の世界的な供給過剰懸念による欧州企業の価格決定力の低下、およびユーロ高などを背景に、市場ベースのインフレ期待が抑制されており、調査ベースのインフレ期待も欧州中央銀行(ECB)の目標である2.0%付近にとどまっている。

ECBの2024年10~12月期時点の対外資産負債残高(IIP)によると、ユーロ圏は米国資産を合計7.2兆ユーロ保有(株式4.6兆ユーロ、債券2.6兆ユーロ)。2024年下半期には、評価額や為替換算の影響を考慮しても、株式投資の残高が大きく増加した。ユーロ圏の経済成長見通しが相対的に改善していることを踏まえると、投資資金の一部がユーロ圏に還流しているのは自然な流れと言える。債券投資の観点では、ドイツの財政政策は必要かつ管理可能な水準と見なされているのに対し、米国の歳出法案は財政赤字の拡大要因となっている。実際に、米国の財政赤字は数年にわたり対GDP比6.3%で推移し、債務残高は対GDP比121%に達している。米政権は貿易赤字の縮小に強い関心を示している。今回の関税政策が米国に経済的または政治的に過度な負担となれば、政策の軸足は米ドル安誘導に移る可能性がある。また、海外から米国への資金流入を抑えるような政策が実施される可能性もある。いずれのシナリオにおいても、米国資産を保有するユーロ圏の投資家にとっては重要な判断を迫られることになる。ユーロ圏から米国への直接投資(例えば、米国企業の買収ではなく、米国に工場を建設するような投資)は、米国側からすると明らかに歓迎されるものである。これは、米国への資金流入を抑える政策に対して一定の歯止めとなる可能性があるが、その規模は限定的と考えられる。

ユーロ圏では短期的な経済見通しが悪化しており、これは関税を巡る懸念によるものと考えられる。規模、対象範囲、および導入時期は依然として不透明であり、仮に関税率が引き上げられた場合にユーロ圏側がどのような措置を講じるかも不明である。こうした不確実性は、米国と欧州の双方において、短期的な経済成長と投資を抑制する要因となる可能性がある。一方、来年にかけて財政刺激策の効果が表れ、金融引き締めの影響が和らぐ中で、エネルギーコストの低下や資本流入などによって産業活動が活性化する可能性もある。ポートフォリオ構築の観点では、ユーロ建て債券のデュレーションを短期化し、クレジット資産への配分を増やすとともに、ユーロやユーロ圏の経済成長に連動する通貨との通貨ペアを小幅オーバーウエイトとすることを検討してもよいだろう。


木村 浩幸
日本拠点投資運用部長

関税が日本経済に与える短期的な影響は明らかにマイナスである。日銀は5月の金融政策決定会合において、2025年および2026年の成長率とインフレ率の見通しを下方修正し、経済と物価に対するリスクが下振れ方向にあるとの認識を示した。関税により、海外経済の減速と日本企業の収益の圧迫が見込まれる中で、日本の経済成長は鈍化すると予想する。日銀は、物価に関しては、輸入物価上昇や米などの食料品価格上昇の影響は減衰していくことに加え、成長ペース鈍化がインフレの押し下げ要因としている。しかしながら、構造的な人手不足を背景とした基調的なインフレ上昇見通しは堅持している。日銀の金融政策に関しては、構造的なインフレ環境への変化と現在の緩和的な金融環境からの正常化から、利上げ方針は維持される見込み。しかしながら、関税による景気とインフレの下押し懸念から、次回の利上げは先送りとなる公算大。当社は年末から年初の追加利上げを予想する。5月には日本の20年国債利回りが急騰し、イールドカーブが大幅にスティープ化した。その背景は以下の3点であろう。

  • マクロ経済の観点からは、日銀のビハンド・ザ・カーブへの懸念。すなわち、インフレの高止まりの環境下、関税の景気への影響による追加利上げの遅れを背景とした期待インフレ率の上昇が主因。
  • 拡張的な財政政策への懸念。7月の参議院選挙を控え、消費税引き下げ等のばらまき的な政策が執られる可能性。
  • 超長期国債の需給環境の悪化。特に規制対応に関連した需要の減退により、生保の超長期国債の需要減退。加えて、4月の金融市場の混乱に伴う市場参加者のリスク許容度の低下とロスカットの動き。

また、国内超長期金利の上昇が米国債の下落に波及することが懸念された。トランプ関税を契機とした米国資産離れ懸念に加え、JGB金利の上昇による投資魅力度の改善による日本の投資家の米国債から国内債券へのシフトが懸念された模様。しかしながら、こういった思惑に反して、フローデータでは、過去6週間(4月21日から5月30日)に日本の投資家は海外債券を4兆6,450億円(320億ドル)買い越している。すなわち、日本の投資家のリパトリの動きは確認されていない。長期的には、金利差の拡大による国内債券魅力度の上昇から、資金回帰の可能性は高いと考える。しかしながら、短期的には欧米の追加利下げによる通貨ヘッジコスト低下と債券価格の上昇見通しから、欧米債券には楽観的な見通しがその背景であろう。一方、防衛費の拡大やポピュリズム的な政治状況による持続的な財政拡大が一段と懸念され、欧米の長期金利への楽観的な見通しが後退した場合、国内投資家がリパトリに動く可能性は高いと考える。すまわち、欧米主要国の財政規律がカギになるであろう。


アンソニー・カーカム CFA
副CIO 兼 アジアおよびオーストラリア運用部門統括責任者

米国との貿易やサプライチェーンが経済成長の原動力である多くの国や地域では、4月2日に導入された米政権の関税政策によって大きな影響が生じている。こうした国や地域と比べると、オーストラリアにおける今回の関税政策の影響は比較的軽微にとどまっている。直接的な影響度合いを勘案すると、オーストラリアは対米貿易で黒字も、この政策に巻き込まれるべきではないように見える。とはいえ、鉄鋼やアルミニウム関連企業にとっては無視できない影響が生じている。

オーストラリアにとっては、間接的な影響の方が大きな懸念材料となる可能性がある。今回の関税政策は中国を主な標的としており、中国経済が減速すれば、オーストラリア経済にも悪影響が及ぶ恐れがある。その影響の大きさは、中国に対する関税の規模や適用範囲の程度、また中国政府の政策が国内の経済成長や消費をどこまで喚起できるかにかかっている。

オーストラリア準備銀行(RBA)はインフレ抑制に成功したと考えられる。RBAはコロナ禍後のインフレ高騰に対して比較的穏やかな対応を取ったが、失業率を低水準に維持しつつ、RBAが重視するトリム平均インフレ率(コアインフレ率)を引き下げることに成功したと思われる。コロナ禍前の失業率は5.1%で、2025年6月時点で4.1%まで低下している。先進国の中で、コロナ禍前と比べて失業率が1%も低下した国はほぼない。RBAは、「関税戦争」がオーストラリア経済にとって中期的なデフレ要因になるとの見方を示している。サプライチェーンの混乱により、短期的にはインフレ圧力が高まる可能性があるものの、世界的に関税が引き上げられれば、国際貿易の減少や世界経済の減速を招き、最終的に物価の押し下げ要因になると見込まれる。したがって、RBAは現在の関税政策をめぐる動きをインフレの抑制要因と捉えており、当社ではRBAが追加利下げに踏み切ると予想している。こうした見方は妥当であると考えられる。というのも、オーストラリアは関税による直接的な影響を受けておらず、自国企業に対してコスト転嫁の代替手段を迫られるような状況にもない。さらに、関税による直接的な影響を受けた国の企業が、在庫処分のためにオーストラリア市場でダンピング(投げ売り)を行う可能性があり、これもまたデフレ要因になると考えられる。

財政悪化懸念の影響により、投資家は長期国債への投資を躊躇している。コロナ禍後のインフレ高騰により国債利回りが大幅に上昇したため、投資家は次の国債利回りの急騰を警戒している。現在、長期国債の入札に対する関心が高まり、応札倍率やテール(平均落札価格と最低落札価格の差)などの指標に注目が集まっている。米国で「ビッグ・ビューティフル・ビル(大きく美しい法案)」が議会で審議されていることも、こうした指標への注目を高める要因である。オーストラリアの投資家にとっての課題は、同国の債務残高の対GDP比が50%であり、米国の121%と大きな差があるにもかかわらず、オーストラリアの10年国債利回りが、少なくとも当初は米国の10年国債利回りと連動して上昇していたことである。しかし、最近は相関が崩れてきている。4月中旬にオーストラリアの10年国債利回りが米国の10年国債利回りを上回っていたが、オーストラリア国債が米国債をアウトパフォームしたことで、4~6月期後半には利回り水準が逆転し、オーストラリア国債利回りの方が低くなった。現在のところ、米国の長期国債への投資比率を引き下げるためにベンチマークの調整を行っているグローバルな顧客は見られないものの、一部の顧客の投資委員会ではリスクの把握を目的として、投資比率の妥当性を検証する動きが出始めている。米国政府が財政規律を維持することを期待したい。


ウィルフレッド・ウォンCFA
トレーダー

米ドル建て資産から資金が流出する可能性があることを踏まえると、中南米市場には大きな投資機会があると考えられる。米国の関税政策をめぐる不透明感が高まる中で、世界の投資家の間では資産配分を見直す動きが強まっており、中南米の債券や通貨に投資資金が流入する可能性がある。その影響はすでに表れており、2025年に入ってから複数の中南米通貨が対米ドルで上昇している。中でも、ブラジルレアルやメキシコペソは、それぞれ国内に問題を抱えながらも底堅く推移している。

中南米諸国の実質金利は世界的に見て高水準にあり、先進国の実質金利を上回っているため、利回りを求める投資家には魅力的な投資先である。米国の優位性が揺らぎ、米国政府が保護主義的な関税政策を推し進め、米国の成長見通しが弱まる可能性がある一方、中南米の資産は非常に魅力的なバリュエーションで取引されている。中南米の現地通貨建て債券の外国人保有比率は依然として過去平均を下回り、米国資産からのリバランスが加速するにつれて、中南米の資産に資金が流入する余地は大きいと考えられる。

中南米諸国の中央銀行は、インフレ期待の安定に向けて機動的な対応を行ってきた。その多くは、進国の中央銀行に先んじて利上げサイクルを開始し、インフレの抑制に成功している。ブラジルは例外だが、インフレ圧力の緩和に伴い、利上げ局面の終了が近づいていると見られる。

中南米では、米国の関税政策がインフレ動向に与える影響は国ごとに異なる。米国の対中関税により、中国が輸出先を米国以外の市場に切り替えた場合、安価な中国製品が中南米地域に流入し、結果として多くの国でデフレ圧力が強まる可能性がある。一方、メキシコは米国の貿易政策と歩調を合わせ、中国からの輸入品に対して相互関税を導入しているため、状況が異なる。中南米諸国のほとんどの中央銀行はハト派姿勢を維持しているものの、各国間でインフレ動向に差があるため、それぞれの状況に応じた金融政策を実施している。

現在の市場環境は、中南米に投資する長期投資家に対して、戦略的な投資機会を提供している:

  • デュレーション戦略:インフレ率が低下し、各国中央銀行が利下げに転じる中で、現地通貨建て国債がトータルリターンの観点から有望な投資先となっている。
  • 通貨の上昇:中南米諸国の通貨(特に、経常収支が改善している資源国の通貨)は、米ドル安の動きや資金流入による恩恵を受けるだろう。
  • ニアショアリング(生産拠点を最終消費地に近い場所に移転する動き)の恩恵:サプライチェーンの移転先として注目されるメキシコ、パナマ、チリ、およびコスタリカなどの国々では、国債および社債の両面で魅力的な投資機会が見込まれる。
  • 政治情勢の変化:中南米では中道右派の政治勢力の支持が拡大。各国で選挙が予定されており(2025年のチリ大統領選挙、2026年のコロンビア、ペルー、ブラジルの大統領選挙)、各国で財政健全化に向けた政策転換が進めば、ソブリン信用格付けが改善する可能性がある。ブラジルとコロンビアでは短期的に厳しい財政状況が続いているものの、新政権が財政規律の回復に優先的に取り組めば、海外投資家からの信頼も回復する可能性がある。

米国債利回りの上昇はリスク要因だが、米国の経済成長が緩やかに減速しつつも、深刻な景気後退を回避することができれば、中南米の資産はアウトパフォームする可能性がある。世界情勢が大きく変化する中、魅力的なバリュエーション、ファンダメンタルズの改善、中南米市場への資金流入の可能性などを踏まえると、中南米の債券や通貨に有利な投資環境が整いつつあると考えられる。


デズモンド・ス―ン CFA
アジア運用部門統括責任者(除く日本)

アジアの通貨は2025年1~3月期を通じて対米ドルで軟調に推移した。しかし、5月初めの2日間で台湾ドルが対米ドルで9%急騰し、アジア通貨の投資家や市場参加者の間に衝撃が走った。この急騰は複数の要因が重なった結果であり、1)台湾ドルの流動性が低いこと、2)台湾の生命保険会社が保有する米ドル建て資産に対して為替ヘッジを行っていなかったこと、3)米国とアジア諸国との二国間貿易交渉において為替操作をめぐる議論が行われたこと、などが背景にあると見られている。こうした動きを受けて、米ドルはアジア通貨全般に対して大幅に下落した。第二次トランプ政権がアメリカ・ファースト(米国第一主義)を掲げながらも相次いで場当たり的な政策を発動する中で、米ドルと米国資産に対する市場の信頼が揺らぎ始めた。米ドルは、特に北アジア諸国の通貨に対して大幅に下落した。北アジア諸国は米ドル建て資産を多く保有しているものの、十分な為替ヘッジを行っておらず、また、アジアの中でも経常黒字国の通貨は対米ドルで過小評価されていた。したがって、これらの国々の通貨に対する米ドルの下落幅が特に大きくなった。こうした中で、香港ドルは許容変動幅の上限近くまで上昇したため、香港金融管理局(HKMA)は香港ドルの流動性を市場に供給すべく、米ドル買い・香港ドル売りの為替介入を余儀なくされた。

年初来、米国債利回りがレンジ内で推移する一方、アジア(除く日本)の現地通貨建て国債利回りは低下傾向にある。こうした乖離の背景には、アジア(除く日本)でインフレ圧力が抑制されていることに加え、米政権の関税政策が輸出依存度の高いアジア経済に打撃を与えると懸念されていることがある。アジア(除く日本)では2025年4~6月期にかけて金利の低下傾向が強まった。これは、アジア通貨が対米ドルで上昇したことにより、各国の中央銀行に利下げ余地が生じたためである。北アジアでは、韓国銀行が政策金利を引き下げ、中国人民銀行も主要貸出金利を引き下げた。タイ中央銀行などの東南アジア諸国の中央銀行も利下げを行った。為替政策をとるシンガポール金融管理局も、開放経済を関税ショックから和らげるため、通貨切り上げ幅を縮小した。

米国とは異なり、アジア(除く日本)ではインフレ圧力が低水準にとどまっている。米国の対中関税により、安価な中国製品の輸出先がアジア諸国に切り替えられれば、ディスインフレ傾向がさらに強まる可能性がある。

当社のアジア(除く日本)ポートフォリオでは、インフレ率と国債利回りの低下が続くとの見通しに基づき、デュレーションを大幅なオーバーウエイトとしている。アジア通貨の上昇により、各国中央銀行に利下げ余地が生じている。アジア通貨に対する米ドルの下落基調が続いており、アジアの中でも特に対外純資産が大きい経常黒字国の通貨は、ファンダメンタルズに支えられて米ドルに対する上昇が鮮明となっている。とは言うものの、トランプ政権に関する報道や米中間の地政学的・経済的な対立を背景に、アジアの外国為替市場は大きく変動する可能性がある。以上を踏まえ、当社ではシンガポール・ドル、マレーシア・リンギット、およびインド・ルピーを中心に、アジア通貨のロングポジションを慎重に維持している。

結論

最近の地政学的な緊張の高まりを受け、全体的に先行き不透明感が一段と強まる中で、当社は広範なマクロ経済動向に起因するリスクを最も警戒している。こうした状況を背景に市場全体のボラティリティが高まっていることから、当社では市場動向を注視しつつ、必要に応じてポートフォリオのポジションを機動的に調整している。

— CIOマイケル・ブキャナンCFA

ここ数カ月にわたり、米国政府の政策の影響で債券市場のボラティリティが大幅に高まっている。こうした不確実性の高まりにより、世界経済は減速すると予想されているものの、プラス成長を維持すると見込まれる。米国経済は減速しており、関税をめぐる不透明感、移民規制による労働力不足、および近年の政府支出の削減といった様々な要因が経済成長の足かせとなっている。一方、欧州ではEUの防衛費増額やドイツのインフラ投資によって大きな財政効果が期待され、ユーロ圏の経済成長を下支えし、関税による不透明感を緩和する役割を果たすと見込まれる。中国ではディスインフレ圧力が根強く、不動産市場への懸念から信頼感は低迷しているが、財政刺激策と金融緩和策により、景況感は徐々に改善しつつある。主要国・地域の金融政策は依然として引き締め的であり、中央銀行は今後も利下げを継続すると予想される。米国経済が失速した場合でも、FRBは迅速に対応できる態勢を整えている。政府債務水準は引き続き上昇しており、財政政策への懸念から、イールドカーブはさらにスティープ化する可能性がある。当社ではデュレーションの小幅オーバーウエイトを維持しているが、短期債券を中心にオーバーウエイトしており、欧州主要国や英国などを主な投資対象としている。発行体のファンダメンタルズは依然として良好であるものの、一部のセクターではスプレッドが過去のレンジの下限に近づいているため、慎重な対応が求められる。今後もボラティリティの高い展開が続く可能性があり、スプレッドが拡大する局面ではポジションを積み増す方針である。